※本コラムは、心理学者および臨床心理士によって、日常に役立つであろう心理学の知識を、毎月連載ものとして記載しています。無断の転載や複製は遠慮願います。
ゲーテは、文学とともに自然科学の研究にも力を入れた自然科学者でもありました。ユングがゲーテに惹かれたのは、ゲーテがユングの曽祖父だという噂(それも信憑性のある)に影響されたこともあったでしょうが、なによりゲーテの考えが、いわゆる合理的機械論ではなく、有機的全体論をベースにしていたことがあげられるでしょう。しかしながら、その自然科学のベースには、いわゆる一つ一つ対象を分析していけば、その対象が何かがわかるという立場でなく、そこにあるがままの対象を分析せず、そのまま把握することこそがかれの「科学的方法」と主張したのでした。
ユングが共感できたのは、ユングもそうであったように、自然科学者としてのゲーテが、このような経験的自然科学を通じて、生物形態学の研究をしていたことにもあるとおもいます。以前も書きました通り、ユングが生きた時代はゲーテの時代とは比較にならぬほど自然科学が断然優勢になっていました。ユングは、あくまで自然科学としての〈心〉を探求したのではありますが、それでも、〈心〉を分析的量的に測定しようとする「科学的方法」を用いませんでした。
ゲーテは、自然科学者として、実に広範囲に研究をしていました。たとえば、ことに生物の形態学を専門に研究していました。その研究の根本概念としての収縮と拡張のアイディアに、ユングの心理学的類型論の内向/外向の概念のアイディアは部分的に負っているといわれています。その概念とは、以下のようなものです。1790年に発表された『植物変態論』をひもといてみましょう。
(花の)種子から茎葉の最高の展開にいたるまで(花が咲くまで)、われわれはまず拡張を認めた。そのあと、収縮によって萼が、拡張によって花弁が、ふたたび収縮によって性的器官が生ずるのを見た。われわれは今度はやがて、果実において最大の拡張を、種子において最大の集中〔拡張〕を認めるであろう。このように6段階の歩みをして、自然はたえず、植物の両性による生殖という永遠の事業を完成するのである。
図式化すると、こうなります。
①種子 → 茎・葉(拡張)
②茎・葉 → 萼(収縮)
③萼 → 花弁(拡張)
④花弁 → 性的器官〔雄蕊、雌蕊〕(収縮)
⑤性的器官 → 種子(拡張)
ゲーテは、このようなサイクルで花の成長を考えたのでした。拡張と収縮という正反対の動きを繰り返しながら、その2つの項(拡張と収縮)をリズミカルに示す自然にこそ目を向けなければならない、とゲーテは論を展開しました。
ユングの理論では、これをヒントに、限界に至ったものは、対極にふれるというバランスの作用と内向/外向のエネルギー配分の概念に応用されたと考えられているのです。
ユングが、人のこころの成長を「花の種子」にたとえたのを、皆さんも思い出すのではないでしょうか。
(以下、次号へつづく。)